私たちの生活空間は香りが絶えず存在していますよね。ずっと浸っていたいと思う心地いい香りもあれば、その場をすぐにでも離れたくなる不快な臭いもあります。
極端な話、香り次第で生活が楽しくなったり、ストレスを抱えてしまうのは生理的なものなので、どうにもこうにも仕方ないですね……。
それほど生活に溶け込んでいる香り。特に精油に代表されるアロマの魅力は尽きません。これからアロマ環境はどのように変化していくのか、その未来像も見ていきましょう。
なぜアロマが注目されるのか?
なぜ今アロマが注目されているのでしょうか? それはアロマの特殊性にあります。人間の五感の中でも最もデリケートでセンシティブな嗅覚と香り…。それを司る精油(エッセンシャルオイル)の特色を見てまいりましょう。
天然精油の薬効成分
アロマセラピーで使用される精油(エッセンシャルオイル)は、植物の花、葉、果皮などの100%天然の植物から抽出されたエッセンスであることが大きな特徴といえるでしょう。植物が持つ有効成分を高濃度で含んだ揮発性の芳香成分がいわゆる精油なのです。
しかもこれらは大量の植物からほんのわずかしか採取することができません。そのような特別な工程を経て得られるのも精油のクオリティの高さを物語っています。
香りが脳を刺激し、心身に作用
人間の五感のうちで、一番早くダイレクトに脳に伝わり、心と身体に作用するのが香りです。「食事を味わう」、「物を見る」などを感知するには間が必要ですが、香りはダイレクトに伝わるのです。
ダイレクトに伝わるというのは理性や感覚を超えた人間の潜在意識に働きかける作用もあるということですよね。しかも天然の香りは過去の記憶をよみがえらせたり、眠っていた意識が突如として覚醒する働きを促したりもします。
このことからも最近では認知症の予防や軽減に役立てられてきているのもうなづけるでしょう。
身体の免疫機能に作用する
ストレスと免疫力は密接な関係があり、また免疫力は加齢とともに低下する運命にあります。
精油はその免疫機能に作用する働きがあります。天然成分の精油を上手に生活に採り入れることは生活の質を間違いなく引き上げていくことになるでしょう。
ともすれば乱れやすい自律神経を整えたり、癒やしの時間を持つには最適かもしれません。たとえばラベンダーの精油を使って一定期間身体のトリートメントをしたところ、明らかにNK細胞の活性化が表れたそうです。
アロマが人類に与えた歴史
アロマは多くの先人たちによってその効能が発見され、生活に応用されてきました。それは一過性のものではなく、確実に私たちの生活に溶け込んでいます。それではこれまでどのような道筋をたどってきたのか、おもなものを見てまいりましょう。
古代エジプトの「薫香」
古代エジプトでは「薫香」という香りを炊く風習が宗教行事などで使われていました。 魂が再生されることを信じ、 盛んにミイラ作りが行われていたのです。
遺体の防腐処理を施すために、乳香(フランキンセンス) や没薬(ミルラ) などの樹皮系のハーブが使用されたのでした。神殿で焚かれる香料のかぐわしい煙とともに魂が安らかに昇天されることを願ったのでしょう。
遺体から内臓を取り出したあと、強い消毒と抗菌作用を持つ没薬などを使った香油で殺菌し、 ほかの樹脂や植物とともに防腐剤として体の中に納められました。
芳香植物医学の古代ギリシャ
古代ギリシャは医学や哲学が世界で最初に花開いた国でした。芳香植物を医学に採り入れる動きが飛躍的に進んだのです。
紀元前400年代にヒポクラテスは、医療を迷信や呪術的な治療ではなく、症状を観察するなど、現代医療にも通じる科学的な見地で医療の基礎を築きました。
彼は芳香植物を生のまま、もしくは乾燥させたものを焚いて殺菌処理することを治療法のひとつとして確立させたのでした。
美容や衛生に生かしたローマ
ギリシャの医学は、 ローマに受け継がれてさらに成熟することになります。
ギリシャ人医学者ディオスコリデは書物 『マテリアメディカ(薬物誌)』 にまとめました。 約600種の植物をとりあげ、植物の生育地や効能、薬の調合方法などが記録されています。
『マテリアメディカ』はその後も植物薬学の重要な古典として広く利用され、6世紀の「ウィーン写本」をはじめ、後世に受け継がれてきました。
博物誌家、軍人で学者のプリニウスの著作が37巻の大作『博物誌』 です。これは、 自然に関する知識、情報の集大成で、植物や植物薬剤についても書き記しています。
ヒポクラテスに感化して、 体系的な医学を確立したのがギリシャ人医者・ガレノスでした。 芳香植物や自然素材を使ったコールドクリームなどの製剤処方は、「ガレノス製剤」と呼ばれ、今でも受け継がれています。
またテルマエと呼ばれる公衆浴場が各地に建設され、マッサージやあかすりの際に、ローズなどの香り高い香油が使われたのです。
インド・アーユルヴェーダの理論
アーユルヴェーダとは、5000年の歴史をもつインド地方発祥の伝統医療です。アーユルヴェーダと西洋医学の発想は全く対照的といえるでしょう。
西洋医学が病気の症状にアプローチする対処療法であるのに対し、アーユルヴェーダは健康寿命や若さを保つことを目的とした根本療法を心と体にアプローチした施術を行います。
西洋医学とアーユルヴェーダの違い
アーユルヴェーダは、病気の患部だけを治すことが目的なのではありません。病気になる原因を探り、原因を除去することを目的としています。
ペストの流行を防いだ十字軍
14世紀にヨーロッパで感染爆発した黒死病(ペスト)は社会的な大問題でした。そんな折、アロマのエッセンスを周辺国に持ち帰ったのは、十字軍の騎士たちだったのです。
当時アロマは、伝染病を抑え、不快で不健康な体臭を消すために使われています。これらが大変に話題となり、芳香剤が生産されるようになったのでした。
人々はペストの感染予防のために芳香性植物を持ち歩いたり、薬草のブーケを身につけたりしたのでした。
これら芳香性植物は当時の薬剤師や香水商が扱っていたため、ペストの防止に最も適した殺菌方法だということを理解していたのでしょう。
けがの功名・アロマセラピー
ルネ=モーリス・ガットフォセ(1881-1950、フランス)は、家業が香料を扱う化粧品のお店だったため、輸出入で 精油を頻繁に取り扱っていました。
しかし当時の精油は品質に大きなばらつきがあり、濃度や成分の定義もあるようでなかったのです。
事態を憂いたガットフォセは一定の濃度と香りを持つ純度100%の天然成分の精油の製造を試みました。
ある日、ガットフォセが研究所で調合しているときに爆発事故が起こります。手や頭皮にひどい火傷を負ってしまいました。病院で治療を試みましたが、手は壊死状態に陥ってしまいます。
悲嘆にくれた彼は包帯を外し、わらにもすがる思いでラベンダー精油を感染した手の傷口に塗りつけます。時間をかけて辛抱強く精油を使った結果、手から感染や火傷痕が消え、驚きの抗菌、防腐効果、自然治癒力の凄さを実感するのでした。
この体験から精油の医療的な使用法の研究を続け、後にアロマセラピーという言葉をつくりだし、1937年にこの名をつけた本を出版します。
アロマセラピーがもたらす未来
アロマセラピーの魅力と効果は尽きません。今後さまざまな領域で使われるのは間違いないでしょう。
医療や介護の現場、オフィス空間、気持ちを伝えるプライベートな場でと、枚挙にいとまがありません。生活空間に溶け込む順応性と人々の健康と気持ちに寄り添う魅力は無限です。
医療への新機軸・メディカルアロマ
このところ西洋医学で回復しにくいとされるさまざまな病気への対処法として、病院や介護施設などをはじめとするメディカルアロマセラピーへの期待が日増しに高まっています。
認知症の予防や、痛みをやわらげるホスピスなどの終末期ケアとしても一躍注目されるようになりました。
精油の力で患者の自然治癒力を高めつつ、治療や回復を促すことが目的です。香りが脳に作用するメカニズムが医学的に解明されることで、アロマセラピーの効能が注目されるようになってきました。
病気の回復を促す統合医療
現在、病気診療のメインである西洋医学と、人間の自然治癒力を基本にした東洋医学が互いの長所を共有することが必要でしょう。
そしてそれを支えるように患者の気分をリラックスさせたり、気持ちを高める統合医療や補完療法が真に求められるようになってきたのです。
空間の演出
アロマセラピーの活用として効果が大きいのが空間の演出です。
香りを使った空間演出は目には見えないものの、プロデュース次第で人の記憶に深く刻まれるし、心地よい空間へと変貌させることが充分に可能です。
また香りの演出は従業員のモチベーションや意識を高め、顧客の満足度を高めるためにとても有効な方法といえるでしょう。比較的低コストで隠れた空間演出に最大の力を発揮するといっても過言ではありません。ブランド力を高める効果も期待できるかもしれないですね。
環境の浄化
大気汚染の大きな要因でもある二酸化窒素は、健康被害が甚大と考えられています。気管支炎や肺気腫、ぜんそくなどの呼吸器系のリスクを高めるだけでなく、国内で多くの人が苦しむ花粉症との関わりも無視できないようですね……。
住宅資材から拡散される揮発性の有機化合物が、さまざまな病気の要因にもなっていることもあげないわけにはいかないでしょう。
しかしこれらの健康被害を樹木の樹脂成分や精油の力で、かなりの割合で環境を浄化することが可能といわれています。不健康で近寄りがたい場所を癒やしの空間へと変えられるのも精油ならではの魅力といえるでしょう。
一般のオフィスなどではローズウッドやユーカリなどのように抗菌や消臭効果が期待できる香りの種類もあります。
まとめ
アロマは先人たちの知見や経験などから、歴史の1ページに大きな足跡を刻んできました。今後も人々の生活がある限り、精油をはじめとしてさまざまな形で深い関わりを持つことでしょう。
アロマの魅力が本当の意味で解き明かされるとき、人々の生活はさらに豊かなものになるに違いありません。